NS50Fが来るまで・・・

50Fが来た理由


「なぁ、あれ誰のなんだ」
「彼女」を指差して隣に居た友人に訊いた。
「親父のさ。もうしばらく乗ってないみたいだけど」
「じゃ、くれ」
「んー良いんじゃない」
そんな軽いやり取りだった。
しかし、彼の目には「NS50F」の文字が鮮明に残っていた。

かつて「彼女」は地上を駆け回っていた。

しかしある時から走ることは無くなった。

それでも「彼女」は駐車場の片隅で待っていた。

再び駆け回ることの出来る日が来ることを信じて・・・。

-Few Years After-

「ふぅ・・・」
PCのモニターを眺めながらため息をついた。
モニターに写っているのは数ヵ月後に発売となるEC-02だった。
今まで何度と無く原付を買おうとしたが、そのたびに置く場所が無いという理由で却下され続けてきた。
「でも、この大きさならあるいは・・・」
そう思った彼はカタログを請求した。
実家住まいであるが故に、カタログを頼んだことは家族全員が知るところとなる。

-数日後-

例によってのんべんだらりとヲチしているところへ父親から呼び出しを受け、出向いた。
開口一番「お前スクーター乗る?」

・・・(゚Д゚)ハァ?

言葉は分かるが意味が分からない。
もう少し問い詰めた結果、こういうことらしい。
弟が夏に中型免許を取って、新車のビッグスクーターを買う。
必然的に今乗っているスクーターが要らなくなるのでということらしい。
断る理由は何もない、むしろ願ったりかなったりだ。

しかしこの時、まだ5月と先はまだ長い。
ちなみに手に入る車種はヤマハJOG-ZRというスポーツスクーターだった。
新車で我が家にやってきたので、この時3年落ちくらいだったがラフな扱いで外装品がだいぶやられていた。
この日からネットオークションで外装部品探しの日々が始まるのだった・・・。

そして外装部品の相場もだんだん分かってきたある日、なんとなく車体そのものを見てみることにした。
そして運命を変える1台と出会ってしまった。

「YSR50」

ヤマハのミニレーサーレプリカが1万円スタートであったのだ。
程度もそれほど悪くはなさそうだ。
終了まで1週間、長い日々の始まりだった。

家族に購入許可を得るために相談したところ、いともあっさりと許可を得る。
これで舞台は整った。
しかし、説明文や商品画像を見てもこちらは素人。
見落としがあるかもしれないと思い、何人かバイクに詳しい人に相談をしてみた。
その過程でふと数年前に見たNS50Fを思い出す。

「なぁ、NS50Fまだ残ってるのか」
「この前帰省したときはあったぞ」
「動くのか、あれ」
「判んねぇ」
「じゃぁ今度確認しといてくれないか、YSRが駄目なら見に行くから」

これでYSR50が駄目だった場合の予備候補も確保と相成る。
数日後、どうやら数年不動車だったにも拘らず、奇跡的に始動したとの連絡が来た。
ただし程度を確認してから判断した方が絶対に良いという不安な言葉と共に・・・。

-週末-

そして数年の時を得てNS50Fを見ている自分がそこに居た。
50Fは記憶の中で美化されていたため、現実はかなり年季の入った物だったが・・・。
チョークを開け、キックすること数十回。
ものすごい白煙と共に眠りから目覚めた50F。

「まだ私は走ることができます、どうか見捨てないで下さい」

一瞬そんな声が聞こえたような気がした。
その場で引取りを決意するが、回収そのものは数時間後となった。
理由はバイクのマニュアルの動かし方が分からなかったという情けない理由だが・・・。
数時間後、弟を引き連れ50Fを自宅まで回送。

「鈴華」と名付けられたNS50Fは近距離専用機として運用されることとなる。

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